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洋楽と洋画を斬る!

洋楽と洋画について独断と偏見で書いて斬る!徹底批判あり、絶賛あり!

京都を愛したデヴィッド・ボウイーをみて

先日、デヴィッドの誕生日に、

WOWOWで、

京都を愛したデヴィッド・ボウイーという番組が

放送されていた。

 

題の通り、

音楽の話はほとんど出て来ない。

 

デヴィッドに音楽以外の部分で

ゆかりのある人が何人か登場していたが、

 

印象に残ったのが、

イギリス在住のチベット仏教の僧侶のコメントであった。

 

彼曰く、デヴィッドが16歳の時、

その僧侶を訪ねてきて、

「僧侶になりたい」と訴えたそうである。

 

デヴィッドは、

心の平静を求め、

キリスト教への疑問等も訴えていたそうである。

 

確か、デヴィッドには

腹違いの兄がいて、

兄を尊敬していて、

兄の影響で、

ジャック・ケルアックの「路上」を読み、

そのトラウマになったと言う。

 

しかし、慕っていた兄が、

突如、精神に異常をきたし、

精神病院に入院したと言う。

 

腹違いではあったが、

デヴィッドに、

兄のような精神疾患のリスクがあるのでは?

 

と思っていたのかもしれない。

 

デヴィッドの作品や、

やはり精神疾患に苛まれていた

シド・バレットに注目していたと言うことで、

いつか、自分も精神に異常をきたすのではないか?

 

という恐怖や不安に苛まれていたのかもしれない。

 

その恐怖や不安へのひとつの回答が、

キリスト教だったのかもしれないが、

 

デヴィッドには

デヴィッドの心の平静を保つには

キリスト教は、役不足だったようである。

 

たぶん、ケルアック等の作品から、

チベット仏教に興味を持ったのかもしれない。

 

しかし、

そのイギリス在住の僧侶は、

デヴィッドに、

「お前の得意なものは、何か?」

 

と問う。

 

デヴィッドは、

 

「音楽だ」

と答える。

 

僧侶は理由は語らなかったが、

 

「お前は僧侶ではなく

音楽をやるべきだ」

 

とデヴィッドを諭し、

家に帰らせたと言う。

 

このデヴィッドのエピソードは初耳であった。

 

デヴィッドの若かりし悩みや葛藤を

このエピソードは教えてくれるのである。

 

ひょっとして、

その僧侶が、

僧侶としてデヴィッドを迎え入れていたら

デヴィッド・ボウイーという

音楽家はこの世に登場しなかったのである。